コラム

ビッグブラザーの世界にようこそ

ビッグ・ブラザーの世界にようこそ

 

ビック・ブラザーとはジョージ・ オーウェルの小説「 1984年」に登場する架空の支配者である。そこから転じて国や世界レベルの大規模な監視を行う人物、機関を指すようになった。そして今やアメリカにビッグ・ブラザーが誕生したのである。その機関とはNSA (National Security Agency:国家安全保障局)である。

  

スノードン氏の内部告発

 

スノードン(Edward Snowden, 29)というアメリカの元CIAに勤めていて、現在はNSAのハワイ支局で働いている若者が、最近、メディアにNSAの秘密活動を内部告発した。彼はNSAがアメリカ人の電話やメールをすべて盗聴していること、またそれがマイクロソフト、グーグル、アップル、アマゾン、Facebook、YouTubeといった、アメリカの代表的IT企業が協力していることを明らかにした。

 

彼は英国の新聞ガーディアン(The Guardian)のインタビューに、2013年6月10日に香港で応じて、その映像が公開された。それで大騒ぎになったのである。これほどの内部告発は、ウオーターゲート事件のエルスバーク、ウイキリークスのマニング以来である。彼は20万ドルのサラリーとハワイの快適な生活、ガールフレンドを捨ててまで、アメリカ政府が行っている国民に対するスパイ活動を暴露し、米国民のプライバシーと自由を守るために戦うのだという。彼の話の内容はここにまとめられている(Edward Snowden: the whisleblower behind the NSA surveillance revelatiobs)。

 

 

全アメリカ国民をスパイするPRISM計画の全貌

 

その後、ワシントンポストがこの問題をさらに詳細に報道した。そこにはNSAのPRISM計画のパワーポイントファイルもあった。トップシークレットと打たれたスライドによると、マイクロソフト、グーグル、ヤフー、Facebook、PalTalk, YouTube, Skype, AOL, Appleが、電子メール、チャット、ビデオ、写真、貯蔵データ、VoIP,ファイル・トランスファー、ビデオ会議、login、SNAをNSAに提供しているという。興味あるのは各会社がPRISM計画に参加した年である。マイクロソフトが一番早く2007年、ヤフーが2008年、グーグルが2009年、最後はアップルで2012年10月である。つまりスティーブ・ジョブスが死んだ後である。ジョブスは政府の要請に抵抗したが、後の経営者は応じたのだろう。DropBoxももうすぐ参加とある。我々も安心してはおれない。我々のあらゆるインターネット関係の秘密はアメリカ政府に握られているのだ。

 

こんなものが出てはIT会社の信用に関わると、各社は否定に懸命だ。しかしその言葉を注意深く調べると「PRISMなんて言葉は聞いたことも無い。」それはそうかも知れない。NSAは単に名前を言ってないだけだろう。「我々は政府に裏口を用意していない。」多分、表口から入ったのだろう。「裁判所の命令に従って知らせている。」これは多分そうだろう。実はアメリカには、秘密裁判所があり、そこがNSAの要請を判断して、許可を耐えている。しかしデータによると、許可されなかったことはほとんどない。さらに電話会社のVerizonは裁判所の命令で、アメリカ国内および海外からのあらゆる電話に関するデータを提供していることが分かった。他の電話会社も同じだろう。

 

NSAとは

 

さてNSAとはいかなる組織か。CIAは人を使ったスパイ活動を行うがNSAは主として情報通信をスパイしている。本来、米国民をスパイするのは違法のはずだが、現在では合法的に行っているのである。司令官は中将だが、現在のアレグザンター将軍(Keith B. Alexander)はサイバー軍の司令官でもあり大将である。彼はアレキサンダー大王(Alexsander the Great)をもじって、Alexsander the Geekとあだ名されているという。Geekとはオタクといった意味だろう。本部はメリーランド州のフォート・ミードにあり、職員数は3万人と言われている。

 

NSAは現在、ユタ州に巨大なデータセンターを作っている。その貯蔵容量はゼタバイト(zettabytes)で数えられるという。メガバイト、ギガバイト、テラバイト、ペタバイト、エキサバイト、その上がゼタバイトである。

 

 

ジョージ・W・オバマとビッグ・ブラザー国家アメリカ

 

オバマ大統領は前任のブッシュ大統領よりはましな人物と思われていたのだが、全くそうでないことが分かって、アメリカではジョージ・W・ブッシュ大統領とかけて、ジョージ・W・オバマとからかわれている。オバマとブッシュを合成したこの写真はとても良く出来ていると思う。アメリカ人らしいユーモアだ。

 

これらのニュースが暴露されて、それ以降のアメリカのニュースをウオッチして、私が一番驚いたことは、議会のほとんどの議員がNSAの行為を容認し、スノードン氏を罰するべきだとしていることである。一部の議員だけが、これは独裁国家への道で許すべきでないとしている。また国民の世論も6割程度は仕方が無いと容認しているという。一部の活動家とメディアだけが、騒いでいるようなのだ。

 

アメリカの価値は何かと聞かれると、彼らはすぐに「自由、自由」という。ブッシュ大統領自身が9.11事件の後でのスピーチでアルカイダを非難し、彼らはアメリカ人の自由を憎んでいるのだと述べた。ところがそう言いながら、市民の自由を奪う警察国家を着々と作り上げてきたのだ。スノードン氏はオバマ大統領になれば、事態が改善すると期待していたのに、ますます悪化しているのを見て、内部告発したという。オバマ大統領はブッシュの4期目ではないかという冗談もある。オバマ大統領はテレビ出演して「だれもあなたの電話を聞いていないという」それはそうだろう。アメリカ全国民の膨大な電話を全部聞くなんてことは人間業では出来ない。人工知能が聞いているのである。これがNSAのあのゼタバイトのデータセンターが目指す道である。もっともスノードン氏によれば、その気になれば何だって出来る、大統領のメールだって読めると豪語していた。それも事実であろう。ちなみにオバマはテレビ出演で、いつもの流暢な彼とは違って口ごもった時がある。嘘をついているか、無理をして言っているのだろう。

 

私の意見としては、政府が全国民の通信を傍受するかどうかは、アメリカ人が決めれば良いことで、それをとやかく言う筋は無いと思う。ただ、自由、自由と言いながら、言うこととすることが異なるという、二重基準はなんとかしてほしい。アメリカは自由の国だと言う看板を外してからにしてほしい。

 

とはいえ、権力というものは、つねに二重基準で行われていることも確かだ。またアメリカ人の一部とメディアに、言葉通り自由を尊重する人々がいることも確かだ。このテレビ番組に出ている上院議員はオバマに怒っている。こういう人もいる。

 

エネミー・オブ・アメリカ

 

NSAを描いた映画はいろいろあるが、ウイル・スミスとジーン・ハックマン主演の「エネミー・オブ・アメリカ」はおもしろい。NSAの犯罪を描いた映画で、その要約はここを参照。この映画を見た当時は、NSAにこれほどの力があるとは思っていなかったが、それが現実的なものだと分かったのが、今回の事件である。

 

フェイスブックとマイクロソフトが米国政府に情報を漏らしていたことを発表

 

上記に関してはNPO法人あいんしゅたいんの私のブログ「マッドサイエンティストのつぶやき」の6月15日号を参照のこと。

 

 

 

 

 

またまた永久機関・・・海水発電

またまた永久機関

 

「海をダムに見立てて海中で水力発電」神戸大院教授が構想発表、実現すれば原発1000機分の発電も可能」というニュースが2012年の2月に流れた。要点は次のようなものだ。

 

「海を巨大なダムに見立て、無尽蔵にある海水を利用して水力発電をしようというシステムを神戸大大学院海事科学研究科の西岡俊久教授(現名誉教授)が発案し、世界約130カ国に特許申請した。ローマ神話の海の神にちなみ「ネプチューン」と命名。西岡名誉教授は「莫大な電力をつくれる。二酸化炭素(CO2)も排出せず、究極のクリーンエネルギーだ」としている。
 構想では、巨大な船から海底に向けて配管をのばし、海底などに発電機を設置。船で取り込んだ水は重力によって配管の中を落ち、その水流でタービンを回し発電する。
 船にある海面の潮流の力を利用する発電機などでポンプを動かし、配管を落ちた水を放出する。」2012/06/02 16:43 【共同通信】

その図解などに関しては、次の記事を参照のこと。

この話がナンセンスであることは、物理をかじったことのあるものならすぐに分かるはずだ。これは第一種の永久機関、つまりエネルギー保存則を破る永久機関である。すなわち、この方法で発電された電力を使っても、せいぜい排水できるだけで、外にエネルギーは取り出せない。摩擦などのロスを考えると、エネルギーの収支はマイナスである。結局この装置は、最終的には水浸しになって終わりである。排水に潮流発電を利用するなら、それだけ使う方がましである。(ちなみに第二種の永久機関は熱力学第二法則を破るものである。)

このアイデアによれば、海水を筒で海底に落下させて発電するという。そこまでは良い。問題はその水をどう排水するかと言うことだ。海底は高圧になっているので、その圧力に抗して排水するには、ポンプを働かせねばならない。その電力をどうするかが問題だ。この先生は、海上に浮かべた船で発電をして、その電力を利用すると言うが、そんな電力はそのまま利用した方が良い。このシステムの効率が、(あり得ないのだが)仮に100%であるとしよう。そのときは、海底に設置した発電機で発電した全電力を利用して、ようやくきりきり排水できるのである。海中に排水しないで、ポンプで海上にくみ上げる場合も同じことだ。つまりこのシステムは効率が仮に100%として、エネルギー収支は0である。けっきょく得られる電力は潮流発電の分だけだ。

どんなシステムでも効率が100%ということはない。このアイデアの場合、水がパイプ中を落下するときに摩擦が働く。パイプ内の流れは、いわゆるポアズイワ流になる。だから流速は先生が期待するような、自由落下の速度にはならない。

流速はパイプの太さで決まる。もし十分に太い管の中を落下させたとすれば、水は飛沫になり、空気抵抗で落下速度はいわゆる終端速度になる。雨粒の速度である。これも自由落下の速度よりは小さい。結局、いずれにしても効率は100%にはならないのだ。

もっと効率的な方法がある。パイプの底に穴をあけて、海水の圧力と管内の空気圧の差を利用して、タービンをまわし発電するのだ。そうすれば、摩擦は少ないし空気抵抗はない。その場合は発電効率は、少しは高められる。それでもその電力で、水をきりきり排水できるのが関の山だ。右の穴から水を導入して発電し、その電力でモーターをまわして、左の穴から排水する。結局、水は右から左に移動しただけだ。

いずれにせよ、効率は100%ではないので、排水できない水がだんだんと穴に溜まり、最終的には装置は水没して終わる。

私はこの話を、新聞ではなく後に知ったのだが、色々調べてみると、つぎのような経緯のようだ。まずこの先生の話が大学のホームページにでた(それは後に削除されたようだが)。それを見た新聞記者が記事にした。ネットで話題になり、ナンセンスという意見と、すごい発明と言う意見が混じっていた。またしばらくして、別の新聞にでた。それは多分上記の共同通信の記事が元だろう。そこでまたネット界が盛り上がった。

このニュースの面白い点、あるいは嘆かわしい点は色々ある。

  1. まず国立大学大学院の理系の教授、名誉教授たるものが、この程度のナンセンスなアイデアを信じている奇異さ。
  2. それを新聞の科学記者が報道することの不可解さ、科学リテラシーのなさ。
  3. それを即座にナンセンスとするものがいる一方で、すごいとか分からないとかいうもののいる科学リテラシーのなさ。

まず1に関して言えば、一つにはこの先生は海事学研究科所属で、それは旧神戸商船大学に属していて、大学の独立行政法人化のときに、神戸大学と神戸商船大学が合併したと言う経緯がある。したがって、この先生はプロバーな神戸大学教授ではなかった。しかしこの先生は、さまざまな賞を受賞しておられるようである。

(西岡俊久教授がルーマニアガラチ大学機械工学部よりNICOLAE BESCHIA賞を受賞しました. [2011.12.20])


西岡俊久教授、藤本岳洋准教授、若林正彦講師が日本実験力学会技術賞を受賞しました。

だからこの先生が、よくある無能教授とは違う。だから謎なのである

新聞の科学記事が全部正しいかと言うと、まったくそんなことはない。科学記者が文科系の出身であることもあるからだ。理科系出身だからといって安心できないのは、大学教授ですら安心できないのだから、当然のことだ。

ネット界の反応に関しては、ここを参照のこと。まともな反応であることが救いである。

実は大学教授が晩年になり、変な理論を唱えることはよくあることなのだ。さまざまな例がある。いずれ当会でも取り上げるつもりのEM菌などはその例だか。その他にも様々な例があり、それはそれで興味深い。実は私も神戸大学名誉教授で肩身が狭いのだ。

 

日本人の無神論についてのインタビュー

日本人は無神論者か?:  フランス人記者のインタビュー

 

Skepticsのホームページを通して、Patrick Chesnetというフランス人記者からインタビューの申し込みがあった。日本人が無神論者であるというが何故かという質問である。副会長と相談の上、会長である私がインタビューを受けることにした。

 

彼は日本に来るわけにはいかないので、スカイプでインタビューをしたいという。日本とフランスでは現在は7時間の時差があると言う。メールでやり取りした結果、6月9日の16時からスカイプで話し合うことにした。インタビューは1時間20分に及んだ。

 

彼のスカイプアドレスを聞き、また私のスカイプアドレスを伝えて待ち構えていると、16時過ぎに彼からスカイプのコールがかかってきた。まず私が自己紹介し、それから彼が自己紹介をした。彼はフリーランスの雑誌記者であるようで、上記の問題に関しての記事を書きたいと言う。

 

質問の要点は次のようなものだ。日本のことはフランスには広重の浮世絵などで知られるようになった。自分は日本に行ったこともあり、日本に興味を持っている。日本には神社仏閣がたくさんある。また日本の禅も良く知られている。だから日本人は非常に宗教的な国民なのだと思っていた。しかしそうではなく、日本人は無神論者であると聞いた。それで非常に混乱したので、そのことについて記事を書きたいという。

 

私が説明したのは以下のような考えである。まず立場を明らかにするために、彼がクリスチャンかどうか聞いた。彼が言うには、もともとはクリスチャンであったが現在は無神論者であるという。

 

私は形式的には仏教徒であるが、それほど深く仏教を信仰しているわけではない、また神社にも行く。日本人の宗教に関して次のようなジョークがある。日本人は葬式の時は仏教徒であり、結婚式の時は神道であり、クリスマスの時にはキリスト教徒になると言われている。 要するに多くの日本人は積極的な無神論者であると言うよりは、宗教に関して寛大であるかまたは無関心である。

 

実際、私は最近母を亡くしたのだが、葬式は仏教式に行った。葬式の日から49日までは、毎週お坊さんに母の実家に来てもらい、法要を行った。その時には私と家内、それに母と共に住んでいた弟の一家が法要に参加した。読経の際には、お経を見せられて、ともに読んだ。漢字ばかりであまり意味はわからなかった。 お坊さんが読経した後、お坊さんの話を聞いた。 そのような様子を外から見れば、私たちは敬虔な仏教徒であるように見えるだろう。しかし実際は、私も家族もこの時以外は仏教徒であるわけではない。

 

しかし日本人がすべて私たちのように非宗教的なわけでもない。昔の人々、例えば私の祖母は非常に信心深い人であった。家には仏壇があり毎日お参りをかかさなかったのだ。しかし同時に神棚もあって神様にも祈っていた。つまり祖母のような日本人は、敬虔な仏教徒であり、かつ同時に神道も信じていたのだ。これを西欧で例えれば、キリスト教徒であり、同時にイスラム教徒であるようなものだ。そんなことは絶対にありえない。キリスト教もイスラム教も一神教であり、信仰に関しては非常に厳格なのだ。一方日本人は信仰に関しては非常に寛容である。

 

正月には多くの日本人は初詣をする。私は京都に住んでいるが、京都には多くの祭りがある。それらはほとんどが宗教的な起源を持っている。私は祭りにも行くし、神社仏閣にもよく行く。その時はお賽銭を上げ、お祈りもする。多くの参詣者も同じようにしている。彼らは家内安全などの願いをしているのだ。だからといって、彼らが経験な仏教徒であるとか、神道の信者であることを意味しない。要するに伝統的習慣なのだ。形式なのだ。

 

私は家の近くの下鴨神社によく行く。下鴨神社は森に囲まれていて、そこに行くことは気持ちが良い。神社仏閣には森が多いからだ。私にとって下鴨神社は一種の公園なのである。神社仏閣が安らぎの場であるということは、多くの日本人にとってもそうであろう。

 

歴史的に言えば日本は神道の国であった。6世紀に日本に仏教が伝わった。仏教はインドで生まれ、中国に伝わり朝鮮を経由して日本に伝わった。当時の仏教は単なる宗教というよりは文明そのものであった。当時の国家は神道と仏教を同時に受け入れたのである。実際、現在でも寺に行けばその中に神社があったりする。神仏混淆なのである。明治になって政府は神仏混淆を止めさせようとしたが、結果的には成功していない。

 

神道では八百万の神と言うように、神様はたくさんいる。目立った山や木、岩にも神が宿ると思っている。映画「先と千尋の神隠し」でいろいろな神様が風呂にやってくるところがある。ひよこの姿をした神様「おおとり様」が印象的であった。おしら様という大根の神様もいた。要するに神様はどこにでもいるのである。キリスト教やイスラム教のような唯一の偉大な神様というわけではない。

 

仏教には神様はいない。仏様である。本来は釈迦が仏様であった。その後、釈迦の弟子たちも仏様になった。さらに阿弥陀様のような想像上の仏様も現れた。要するに仏教には沢山の仏様がいるのである。その中で誰が最もえらいかは宗派によって異なる。

 

パトリック氏は妖怪について聞いてきた。水木しげるの漫画で日本でも妖怪が有名になってきたが、西洋でも妖怪はよく知られているようだ。私は子供の頃、2つの怖いものがあった。幽霊と蛇である。幽霊とは恨みを残して死んだ人の霊魂が形となって現れるものであるとされている。幽霊にしろ妖怪にしろなぜ存在するのか。それは昔の日本の夜が暗かったからだ。闇は恐ろしい。何が潜んでいるかわからない。わからないものは妖怪に見える。 「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という言葉があるが、草であっても、夜それを見て、正体が分からなければ、そこに不気味なものの存在を見てしまう。現在、妖怪がいなくなったのは、日本の夜が明るくなったからだ。つまり妖怪の住む場所がなくなってしまったのである。

 

パトリック氏は首相公邸に幽霊が出て、安倍首相が幽霊を怖がって引っ越さないという話があるがどう思うかと聞いた。私はそれに対して安倍首相も普通の人であるということがわかって面白いと答えた。パトリック氏はそれでは困るのではないかという。首相たるものは、外交交渉に於いては毅然としていなければならない。それが幽霊を怖がるような人物では足元を見られるのではないかという。それは確かにその通りだと思う。米国にしろフランスにしろ大統領はもっと威厳がある。本来、大統領は普通の人間がなったものだが、なった以上は雲の上の人になり、威厳があるフリをしなければならない。日本では天皇が雲の上の人であり、首相は雲の下の人なのであろう。

 

最後に私は宗教は人間性に根ざしたものだと言う説を紹介した。それは最近ここに書いた話である。人間の子供とチンパンジーを比較すると、チンパンジーは合理的だが、人間の子供は不合理で迷信を信ずる。宗教は二つの要素からなる。善行の勧め、つまり倫理と、迷信、つまり存在しないもの(神)への信仰である。社会性動物には倫理はあるが、迷信はない。迷信は人間の進化の過程ではぐくまれた特性なのである。人間が大きな集団を作ったときに、リーダーへの盲目的な信頼が集団を維持するのに重要な働きをするからだ。リーダーへの信頼が、偉大なものに対する信仰に転化する。宗教がこれほど人類にはびこっているのは、そのように人間は進化的に仕組まれて来たのだ。

 

 

宗教心は人間の脳に組み込まれている

ボノボと無神論(The Bonobo and the Atheist)」という本がある。チンパンジーは人間の幼児と同じ程度賢いと言われているが、どちらがより迷信に陥りやすいか。若いチンパンジーと4歳の子供を使って実験してみた。

透明なプラスチックの箱にキャンディーが入っている。それを、棒を使って取り出すやり方を二通り研究者が教えこんだ。その一つは実際に役に立つ方法だが、もう一方は役に立たない。チンパンジーはすぐに学習して、役に立つ方法だけを行った。しかし人間の幼児は役に立たない方法も何度も行った。幼児は実験者を信頼しているからである。だから実験者を盲目的に信頼して、役に立たない方法も試すのである。これは迷信の起源であると著者は言う。

このように人間の脳は現実を簡単に無視すること、つまり非合理性や信仰心であるが、それが人類の文明における宗教の起源であろうと著者のデ・ワールは主張する。彼は霊長類学者で無神論者である。しかし他の無神論者と異なり、神が存在しないとか、宗教は阿片であるとか主張するわけでは無い。彼は人間社会になぜ宗教がこれほど根をおろしているかに興味を持っているのだ。

彼は宗教とは善行の教えであると言う。人間は善行を行うのは神の怒りを恐れるためではなく、我々の感情から発している。動物にも感情にもとづく倫理的な行動がみられる。例えば象は重い物を運ぶのに助けてくれる友達を集める、チンパンジーは貰うに値しない褒美を断る、ボノボは喧嘩の後で仲直りをする。このような同情や社会性は社会の基礎であるが、それは宗教よりももっと根深い進化的な根を持っているように思われる。

倫理は感情から発し、宗教は迷信から発するとすれば、なぜこの両者は深く結合しているのであろうか。著者によれば、社会が複雑になればなるほど、宗教は倫理的な行動に対する大きな影響力を持つようになるという。

私の結論
宗教とは倫理と迷信の組み合わせである。倫理は社会性動物に進化論的に組み込まれている。迷信は人類の脳に組み込まれている。したがって宗教は人間に進化論的に組み込まれている。そう考えると、疑似科学とは、倫理を取り去った迷信の部分のみである。これは人間の脳に深く組み込まれているので、それを是正することは極めて困難である。

男は笑ったら負けよ、女は笑ったら勝ちよ

 

子供の頃の遊びににらめっこという遊びがあった。 「だるまさん、だるまさん、にらめっこしましょう、わらったら負けよ あっぷぷ」と言い合った後、子供たちはにらめっこをするのである。

 

相撲やボクシングなどの格闘技では試合が始まる前に競技者は向かい合って睨み合う。この時、競技者が笑顔を見せれば、その競技者は負ける可能性が高いことを、最近の研究(Smile: You Are About to Lose, A surprising clue to who will win a fight)は示している。

 

実際、笑顔を見せると言う動作は、敵意がないということの表明である。猿などの霊長類では、歯をむいて笑った表情を見せることは、余計な摩擦を避けるために敵意がないことを示すしぐさであることが知られている。

 

テストステロンという男性ホルモンが多いと笑顔を見せる傾向が少ない。男性ホルモンが少ないということは、より攻撃的でないということである。試合前の表情は競技者の無意識の現れである。笑った競技者は、相手が強いと意識しており、それほど攻撃的になれないということであり、試合に負けやすい。それに対し笑顔を見せられた競技者は、より攻撃的になり、より勝ちやすい。もちろん戦略として、笑顔を見せて自分が弱いと信じ込ませて、相手の隙を誘うということも考えられる。しかし実際にはその戦略は働かない。

 

女性においては笑顔は全く別の意味合いを持つ。学校時代の写真集の表情を分析すると、より笑顔を示す女性は、それ以後の人生において幸福になる傾向が高い。結婚も上手くいく可能性が高い。つまり女性は笑ったら勝ちなのである。

 

ただし、男性に於いても「笑ったら負け」というのは、闘争の局面だけであることに注意しよう。それ以外の人生に於いては、笑いやすい男性の方が幸せである。怒りをコントロールできない子供は、それ以後の人生でも、学校の成績が悪く、良い仕事に就けず、離職しやすく、離婚しやすいことが知られている。というのも怒りをあらわにする人間の回りには、人は寄り付かないからである。