コラム

CSICOP創始者ポール・カーツ追悼

  CSICOPを創始したニューヨーク州立大学バッファロー校名誉教授の哲学者ポール・カーツが、20121020 日に86歳で逝去した。

 

カーツは、19251221日、ニュージャージー州ニューアークに生まれた。高校卒業後、合衆国陸軍に入隊、1944年にはヨーロッパに赴任し、バルジ戦線に送り込まれた。終戦にかけて、ブーヘンヴァルトとダッハウ強制収容所におけるナチス・ドイツの残虐行為を目撃する一方、フランス・ベルギー・オランダ・チェコスロバキア解放の歓喜の輪に加わった。「戦闘と解放」という現実世界の「地獄と天国」の強烈な体験から、彼は哲学を志すようになったという。

 

帰国後、カーツはニューヨーク大学哲学科に進学し、指導教官シドニー・ホックから大きな影響を受けた。ホックは「デューイの番犬」(Dewey's bulldog)を自他ともに認めるジョン・デューイの弟子であり、プラグマティズムとヒューマニズムを哲学的理念として掲げる一方、徹底した反宗教主義と反教条主義を主張したことで知られる。カーツはホックの理念を継承し、かつてのホックと同じようにコロンビア大学大学院で哲学博士号を取得した。カーツが1952年に提出した博士論文のタイトルは「価値論の問題」(The Problems of Value Theory)である。その後、カーツはさまざまな大学で教育経験を積み、1965年にニューヨーク州立大学バッファロー校教授、1991年に退職、同大学名誉教授となった。

 

 哲学者としてのカーツは、「世俗的ヒューマニズム」(secular humanism)の提唱者として知られる。これは「科学的ヒューマニズム」(scientific humanism)と呼ばれることからもわかるように、人間の倫理観や世界観は、純粋に理性的あるいは科学的に到達可能な目標であり、宗教や超自然現象あるいは疑似科学や迷信に頼るべきではないという哲学的理念である。カーツは、1967年から1978年まで雑誌「ヒューマニスト」(The Humanist)の編集長を務め、1973年には世界を代表する275名の知識人から署名を集めて「ヒューマニスト宣言」(Humanist Manifesto II)を行った。

 

 その二年後の1975年、カーツは、ヒューマニスト宣言に反して、社会に悪影響を与えている実例として「占星術」を取り上げた。彼がヒューマニスト誌で組んだ特集「占星術への反論」(Objections to Astrology)は、「さまざまな分野の科学者は、世界中のさまざまな地域で、占星術が以前にも増して受け入れられていることを憂慮している」という言葉から始まる「総意」に基づき、186名の科学者や知識人の署名が続く。この中にはノーベル賞受賞者も18名含まれている。

 

この流れに沿って、カーツは1976年、占星術ばかりでなく、あらゆる占いや予言、テレパシーや超能力、心霊現象やUFOなど、いわゆる「超自然現象」を批判的・科学的に調査する委員会としてCSICOPCommittee for the Scientific Investigation of Claims of the Paranormal)を設立した。委員会の略称を発音すると「サイ・コップ」(Psi-Cop)となり、「サイ(超自然現象)を取締る警察」を指すともみなされた。実際に委員会は、自称超能力者の手品を暴く「デバンキング」(debunking)活動を積極的に行い、自称超能力者ユリ・ゲラーとの裁判闘争で勝訴、いわゆる霊感捜査を取り止めるよう警察を告発するなど、社会に密接に関連した問題に積極的に取り組み、その調査結果を機関誌「懐疑的探究」(Skeptical Inquirer)に詳細に報告した。委員会のフェローやテクニカル・コンサルタントには、数えきれないほどの科学者や知識人が参加している。

 

思い付くままにCSICOPの代表的なメンバーを20名ほど列挙すると、アイザック・アシモフ、スーザン・ブラックモア、フランシス・クリック、リチャード・ドーキンス、ダニエル・デネット、アン・ドルーヤン、マーティン・ガードナー、トーマス・ギロビッチ、マレー・ゲルマン、スティーブン・グールド、ダグラス・ホフスタッター、レオン・レーダーマン、エリザベス・ロフタス、マーヴィン・ミンスキー、スティーブン・ピンカー、ウィラード・クワイン、ジェームズ・ランディ、カール・セーガン、バラス・スキナー、スティーヴン・ワインバーグ……、錚々たる顔ぶれが並ぶ。

 

カーツの代表作『新懐疑主義』(The New Skepticism, New York: Prometheus Books,  1992)は、古代ギリシャ時代以来の懐疑主義を「虚無主義」・「中立的懐疑主義」・「修正懐疑主義」・「不信」などの系統を詳細に分類して批判し、現代社会にふさわしい新懐疑主義として「懐疑的探究」の必要性を説いている。要するに、これからの人類の至上目標は「知的探究」にあり、そのために最も有効な手段として「懐疑主義」を用いるべきだという主張である(ポール・カーツ著/高橋昌一郎訳「新懐疑主義」Journal of the Japan Skeptics: 3 (1994), 35-40参照)。

 

このように「方法論的懐疑」をプラグマティックに活用すべきだという立場は、すでに多くの哲学者が提起してきたという歴史的経緯もあり、とくに目新しいものではない。しかし、カーツが誰よりもユニークなのは、たんに「懐疑的探究」の必要性を抽象的に説いたばかりではなく、これをスローガンとして団体組織化し、社会に生じる具体的な問題解決の手段として用いた点にある。

 

 カーツは「科学が飛躍的に発展し、地球が科学的発見や先端技術の応用によって変容しつつある現代に、反科学思想が強力に蔓延しているという状況は、実に皮肉である」と述べ、「科学共同体とそれに関与する人々が、科学に対する攻撃を真摯に受け止めようとしない限り、反科学思想が勢いを増大させることは明らかである」と危機感を表明している。(ポール・カーツ著/高橋昌一郎訳「反科学思想の状況」Journal of the Japan Skeptics: 4 (1995), 3-9参照)。

 

2006年、30周年を迎えた機会に、CSICOPは広義の立場からカーツの理念を実現できるようにCSICommittee for Skeptical Inquiry)と名称を変更した(http://www.csicop.org/参照)。CSIの理念に賛同する国際組織は60を超え、JAPAN SKEPTICSもその一組織である。カーツは亡くなったが、彼の理念は世界中で生き続けていると言うことができるだろう。

 

なおカーツは、無数のスピリチュアル系書籍に対抗するため、自らプロメテウス出版社を設立し、「売れる」スピリチュアル系作家を抱える大手出版社が嫌がる「売れない」懐疑主義系書籍を数多く発行したことでも知られる。カーツ自身、50冊以上の啓蒙書を出版しているにもかかわらず、残念ながら日本語に訳された書籍は一冊もない。また生涯に800を超える論文や記事を執筆しているが、こちらも私の知る限り、上述の拙訳二編しか日本語訳は存在しない。彼の理念や方法論は、日本の読者にとっても貴重な意義を持つものだと思う。どなたか有志に訳していただけたら幸いである。

マイケル・シャーマーと疑似科学

人間は基本的には、疑似科学的信仰に陥るように出来ているとする、マイケル・シャーマーの議論を紹介し、議論する。

 

マイケル・シャーマー

マイケル・シャーマー(Michael B. Shermer, 1954-)はアメリカでスケプティックス・ソサエティーを立ち上げ、現在は雑誌スケプティックの編集長をしている。アメリカのスケプティックス・ソサエティーは会員が55,000人以上あると言うから、日本のそれとは大きな違いだ。シャーマーはまた雑誌サイエンティフィック・アメリカンでコラムを連載している。シャーマーは大学で心理学を専攻し、1992年にスケプティックスを創始する前はオクシデンタル大学で科学史の教授も務めているた。

 

私はうかつなことに、シャーマーを知らなかったのだが、数年前に彼の著書を翻訳すべきかどうか、本を読んで内容を教えてほしいと、ある出版社から言われて、大部な英語の本を送ってこられた。その本は「信じたい脳、幽霊、神から政治、陰謀論まで-我々はどのようにして信念を作り上げ、強化し、それを真実と考えるのか The Believing Brain, From Ghosts and Gods to Politics and Conspiracies-How We Construct Beliefs and Reinforce Them a Truths」である。私はその本を読んでみてとても面白いと思ったのだが、その出版社は結局は翻訳しないことに決めた。というような経緯で私はマイケル・シャーマーを知るようになったのである。

 

TED

以下のシャーマーについての私の文を読んで、シャーマーの議論に興味を持たれたら、ぜひTEDのビデオを見ることを勧める。TEDとは「広げる価値のあるアイデアIdeas worth spreading」を各界の名士に語ってもらう番組である。20分程度以下の、短い要領よくまとまった話で、TEDの講演はプレゼン技術の参考としてもとても役に立つ。TEDのすごいところは、ボランティアの力で、いろんな言葉に翻訳されていて字幕がついていることだ。日本語もあるので、英語が苦手の人にも問題はない。さらに全文がアップされている場合がある。だから英語の勉強にも、非常に役に立つ。私は学生諸君に次のような方法を勧めている。まず日本語で全文を読み概要をつかむ。次に日本語の字幕で見る。さらに英語の字幕で見て、最後に字幕なしで見る。

 

シャーマーはTEDで2回講演しているが、最近の「自己欺瞞の背後にあるパターン」を紹介する。このビデオの最後の部分は抱腹絶倒である。人間がいかに信じやすいか、だまされやすいかよくわかる。

http://www.ted.com/talks/michael_shermer_the_pattern_behind_self_deception.html

 

タイプ1の間違いとタイプ2の間違い

シャーマーは次のようなたとえ話から始める。 300万年前のアフリカのサバンナである。 原始人がサバンナを歩いていた。薮があってガサガサという音がした。風かもしれないし猛獣かもしれない。そこである人はそれが猛獣だと思って慌てて逃げた。ところが実際は風であった。つまり間違いである。この種の間違いをシャーマーはタイプ1の間違いと呼ぶ。一方、別の人はそれが風だと思って逃げなかった。ところが実際は猛獣であったのでその人は喰われてしまった。この種の間違いをシャーマーはタイプ2の間違いと呼ぶ。タイプ1の人は怖がりすぎ、タイプ2の人は怖がらなさ過ぎの人である。タイプ2の間違いを犯す人は、進化の過程で淘汰されていなくなる。だから生き残っているのはタイプ1の間違いを犯す人たちだけである。つまり人間は基本的に怖がり過ぎるようにできているのだ。

 

パターン性

シャーマーはさらにパターン性と彼が呼ぶ概念を紹介する。人間が不完全な情報を得たときに、その背後に隠れているパターンを想像で補う。人間はこのような能力を進化の過程で得て、脳に組み込まれていると言う。この考えはシャーマーの説ではなく、心理学で分かっていることだ。 問題は往々にしてその想像が間違いである場合が多い。これが錯視、錯覚の原因である シャーマーはそれを多くの例で示す。

 

日本の例で言えば「幽霊の正体見たり枯れ尾花」がそれであろう。暗い野中の夜道で、枯れたススキを見て、それを幽霊と間違えるということである。人間はわずかな情報から、その背後にある膨大な情報を推測する性質があり、しかもその背後に人格性を付与するというのである。幽霊は人格である。

 

人間はこのようにして、信じやすい、だまされやすい存在であるとシャーマーはいう。神、天使、魂、幽霊、UFOに乗った宇宙人、これらはすべて人間の妄想の所産であるというのである。また人間は批判的、合理的、理性的、科学的な考え方は不得意であり、科学は非人間的な営みであるとまで言う。

 

要するに疑似科学的、非科学的な考え方は、人間に本来備わったもので、それを改めるには、批判的、科学的な思考が求められるのだが、それは非常に困難なのだ。

 

最後に

ここでは主としてシャーマーの議論を紹介した。戦前に活躍した著名な物理学者寺田寅彦はあるエッセイで「ものをこわがらなすぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなか難しいことだと思われた」と書いている。

 

この問題は人間の理性と感性、科学的思考と疑似科学的思考などと関連して、非常に深いテーマである。今後、さらに議論を深めて行きたい。