コラム

宗教心は人間の脳に組み込まれている

ボノボと無神論(The Bonobo and the Atheist)」という本がある。チンパンジーは人間の幼児と同じ程度賢いと言われているが、どちらがより迷信に陥りやすいか。若いチンパンジーと4歳の子供を使って実験してみた。

透明なプラスチックの箱にキャンディーが入っている。それを、棒を使って取り出すやり方を二通り研究者が教えこんだ。その一つは実際に役に立つ方法だが、もう一方は役に立たない。チンパンジーはすぐに学習して、役に立つ方法だけを行った。しかし人間の幼児は役に立たない方法も何度も行った。幼児は実験者を信頼しているからである。だから実験者を盲目的に信頼して、役に立たない方法も試すのである。これは迷信の起源であると著者は言う。

このように人間の脳は現実を簡単に無視すること、つまり非合理性や信仰心であるが、それが人類の文明における宗教の起源であろうと著者のデ・ワールは主張する。彼は霊長類学者で無神論者である。しかし他の無神論者と異なり、神が存在しないとか、宗教は阿片であるとか主張するわけでは無い。彼は人間社会になぜ宗教がこれほど根をおろしているかに興味を持っているのだ。

彼は宗教とは善行の教えであると言う。人間は善行を行うのは神の怒りを恐れるためではなく、我々の感情から発している。動物にも感情にもとづく倫理的な行動がみられる。例えば象は重い物を運ぶのに助けてくれる友達を集める、チンパンジーは貰うに値しない褒美を断る、ボノボは喧嘩の後で仲直りをする。このような同情や社会性は社会の基礎であるが、それは宗教よりももっと根深い進化的な根を持っているように思われる。

倫理は感情から発し、宗教は迷信から発するとすれば、なぜこの両者は深く結合しているのであろうか。著者によれば、社会が複雑になればなるほど、宗教は倫理的な行動に対する大きな影響力を持つようになるという。

私の結論
宗教とは倫理と迷信の組み合わせである。倫理は社会性動物に進化論的に組み込まれている。迷信は人類の脳に組み込まれている。したがって宗教は人間に進化論的に組み込まれている。そう考えると、疑似科学とは、倫理を取り去った迷信の部分のみである。これは人間の脳に深く組み込まれているので、それを是正することは極めて困難である。

男は笑ったら負けよ、女は笑ったら勝ちよ

 

子供の頃の遊びににらめっこという遊びがあった。 「だるまさん、だるまさん、にらめっこしましょう、わらったら負けよ あっぷぷ」と言い合った後、子供たちはにらめっこをするのである。

 

相撲やボクシングなどの格闘技では試合が始まる前に競技者は向かい合って睨み合う。この時、競技者が笑顔を見せれば、その競技者は負ける可能性が高いことを、最近の研究(Smile: You Are About to Lose, A surprising clue to who will win a fight)は示している。

 

実際、笑顔を見せると言う動作は、敵意がないということの表明である。猿などの霊長類では、歯をむいて笑った表情を見せることは、余計な摩擦を避けるために敵意がないことを示すしぐさであることが知られている。

 

テストステロンという男性ホルモンが多いと笑顔を見せる傾向が少ない。男性ホルモンが少ないということは、より攻撃的でないということである。試合前の表情は競技者の無意識の現れである。笑った競技者は、相手が強いと意識しており、それほど攻撃的になれないということであり、試合に負けやすい。それに対し笑顔を見せられた競技者は、より攻撃的になり、より勝ちやすい。もちろん戦略として、笑顔を見せて自分が弱いと信じ込ませて、相手の隙を誘うということも考えられる。しかし実際にはその戦略は働かない。

 

女性においては笑顔は全く別の意味合いを持つ。学校時代の写真集の表情を分析すると、より笑顔を示す女性は、それ以後の人生において幸福になる傾向が高い。結婚も上手くいく可能性が高い。つまり女性は笑ったら勝ちなのである。

 

ただし、男性に於いても「笑ったら負け」というのは、闘争の局面だけであることに注意しよう。それ以外の人生に於いては、笑いやすい男性の方が幸せである。怒りをコントロールできない子供は、それ以後の人生でも、学校の成績が悪く、良い仕事に就けず、離職しやすく、離婚しやすいことが知られている。というのも怒りをあらわにする人間の回りには、人は寄り付かないからである。

 

 

老人はなぜ信じやすいのか?

老人はなぜ信じやすいのか? 

 

上記の表題の記事(Why Older Adults Are Too Trusting)がScientific Americanの最新号にでた。その要点を簡単にまとめて解説する。

 

人は歳を取るほど信じやすくなるが、それは詐欺に遭いやすくなるなど危険な兆候である。最近の研究では信頼と危険性を管理する脳の領域、島皮質が衰えているからだと言う。

 

カリフォルニア大学の研究では55歳以上の119人の大人と、24人の若い大人を使って実験した。信頼できる顔、中立の顔、信頼できない顔を見せる。老人は若者に比べて、信頼できない顔の人物を信頼できると答える傾向が強かった。そのときにMRIにかけて脳の活動を調べると、大脳皮質の中の小さな部分、島皮質の活動が低かった。信頼できない顔を見た場合の方が島皮質の活動は盛んなのだが、若者は信頼できる顔の場合にも活動が高かった。

 

島皮質は信頼を見極めるのに重要な領域である。この領域は人と出会った場合に、信頼できるか出来ないか見定める役割を果たすが、年とともにその能力は劣化する。

 

感想

おれおれ詐欺とか、振り込め詐欺、母さん助けて詐欺とか、色々言われている類いの詐欺に老人が出会いやすいのは、脳の活動能力の低下によるものなのだろう。疑似科学を信じるのも、脳のこの領域の活動力と関係しているのかもしれない。

 

島皮質の活動に関する解説はここを参照のこと

 

二酸化炭素の増加は地球の緑化を促進する

二酸化炭素の増加は地球の緑化を促進する

 

地球温暖化に関して、世間では二酸化炭素は悪玉とされており、それを出さない方策や、どこかに埋めてしまう技術などが議論されている。しかし二酸化炭素には地球の緑化促進という効果があることが最近の研究で明らかになった。それもジャングルではなく、砂漠などの不毛な地帯で効果が大きい。スペースデイリーの解説記事を参照のこと。

私が光合成を専門として研究している学者とお話ししたとき、彼は地球温暖化に関連しての二酸化炭素悪玉論に憤慨していた。「二酸化炭素が増えることは植物にとって良いことなのです。」実際、植物の光合成量は温度と二酸化炭素濃度の関数であり、どちらも増えると光合成量も増大する。温室栽培する作物で、温室内で火をたいて二酸化炭素を意図的に増やして収穫を増やすことさえ行われている。つまり地球温暖化と二酸化炭素量増加は植物にとってはよいことなのである。植物に取ってよいことは、動物にとっても良いことで、結局、人間にとっても良いことなのだ。

最近の「二酸化炭素の肥料効果は地球の、暖かい不毛な土地の緑化を促進した(CO2 fertilisation has increased maximum foliage cover across the globe's warm, arid environment)」と題した論文によると、1982年から2010年までの人工衛星観測で、地球の緑化は顕著に増えている。その原因として、これまで研究者は地球温暖化、湿度の増加などを考えて来た。しかし今回の研究で、緑の増加は二酸化炭素の増加と大きな関係があることが分かった。モデルと観測を比較して、二酸化炭素はこの期間に緑化を11%増大させたことが分かった。熱帯雨林のようなところは既に緑にあふれているので、二酸化炭素増加の効果は小さい。むしろ砂漠などの不毛な土地に対する効果が大きい。また二酸化炭素の効果は草よりも、樹木に対する効果が大きい。樹木の草原への浸食が観察されているのは、そのためであろう。論文のアブストラクトを参照のこと。

以下は私の感想であるが、スケプティックな精神(懐疑的精神)とは、世間で声高に言われていることも「本当にそうか?」と考え直してみることである。

 

興味ある読者はNPO法人「あいんしゅたいん」のブログ記事も参照のこと。

 

 

 

 

 

 

アインシュタインをこえるワインシュタインの14次元理論騒動

アインシュタインをこえるワインシュタインの14次元理論騒動

松田卓也

2013年6月2日

始まり

 

2013年5月23日、英国の一流紙であるガーディアンに画期的なニュースが流れた。現代の基礎物理学の根本問題を解決する大理論をワインシュタイン(Eric Winstein)という人が提案したというのである。このアインシュタイン(Einstein)ならぬワインシュタインは大学や研究所に勤めるプロの学者ではなく、ヘッジファンドにつとめる金融コンサルタントだと言う。それだけ聞けば、なにやらうさんさい疑似科学者を想像するが、ワインシュタインはハーバード大学で数理物理学の博士号を取った人で、その後、ポスドクをしていたが、後にはアカデミックな生活に見切りを付けて、別の世界に飛び込んだ。しかし宇宙の究極理論への夢は捨てきれずに、20年も研究していたという。

 

ワインシュタインの14次元統一理論

 

現代物理学の根本問題とは

1 この宇宙には原子のような物質は5%以下しか無く、25%はダークマター、70%はダークエネルギーである。しかしダークマターもダークエネルギーもその存在は分かっているが、正体は分かっていない。

2 素粒子の標準模型では3世代の階層があるというがなぜか。

3 20世紀の2大物理理論である量子論と一般相対性理論は融合できていない。

 

これらの難問を解決するためにワインシュタインは統一理論を思いついた。どんな理論かを簡単に説明すれば、14次元の「観測宇宙(Observerse)」を考え、我々の4次元空間はそこに埋め込まれていると考える。彼の理論によればダークエネルギーは、重力、電磁気力、強い力、弱い力につぐ第5の力であり、時間的に変化する。ダークマターは見えないものではない。ただ、この世界は右手系世界と左手系世界に別れるが、それらは隔たっているので、ダークマターは重力でしか観測できないのだ。彼の理論が正しいとすると150個もの素粒子の存在が予言できる。それらは電荷が2とか、スピンが3/2とか、通常の素粒子とは異なる風変わりなものである。

 

統一理論として世間でもてはやされてきたものに超弦理論があるが、実はうまく行っていない。素粒子論学者は量子論と相対論の融合に関して、相対論の量子化を試みるのだが、ワインシュタインはすべてを幾何学的に考える。つまりアインシュタインの精神そのものである。アインシュタインは晩年、統一場理論の研究に専念したが成功しなかった。ワインシュタインはそれをしようというのだ。

 

ワインシュタイン理論を巡る騒動

 

さてニュースになったのは、そのワインシュタインがオックスフォード大学で、彼のアイデアを始めて公開するセミナーを行ったことだ。そのセミナーをアレンジしたのは、オックスフォード大学の著名な数学者であるソートイ教授(Marcus du Sautoy)である。ソートイ教授はかのリチャード・ドーキンスが前任者であるシモニー科学広報教授職をつとめている(Simonyi professor of the public understanding of science)。実はソートイ教授とワインシュタインはヘブライ大学でともにポスドクをつとめたことがあるのだ。2年前にソートイ教授はワインシュタインのアイデアを聞いて感銘して、このアイデアを世に問うべきだとワインシュタインを説得した。それでこのセミナーに至ったのだ。

 

それだけなら、あまり世間の話題にもならないだろうが、ソートイ教授がガーディアンにワインシュタイン理論をプロモートする記事を書き、また記者も同様な記事を書いた。それに対して、雑誌Sceintific Americanの電子版でブロガーが、また雑誌New Scientistの意見記事で宇宙論学者のポンツェン(Andrew Pontzen)が噛み付いたのだ。そもそもワインシュタインの理論は論文にすらなっていない、だからプロの学者が検証しようも無い。またセミナーをすると新聞に書きながら、プロの物理学者を招待していない。こっそりとセミナーをして、プロの物理学者の反論を封じるという手ただというのだ。

 

実はそれは彼らの誤解で、ソートイ教授はセミナー開催のメールをまわし、ポスターも作ったのだが、手違いで物理教室のメンバーには伝わらなかった。同じ時間に別のセミナーがあり、物理学者はそれに参加していたというのだ。そのことが分かりポンツェンとNew Scientistは謝罪文を書いている。結局、二度目のセミナーが開かれ、今度は物理学者も参加した。反応は様々である。

 

科学の方法論に関する議論

 

一番の問題は、そもそもワインシュタイン理論の論文が出ていないので、検証しようがないというものだ。それにたいしてソートイ教授は、まずはセミナーを開いて、みんなの意見を聞いて、それを取り入れて論文にすべきだという。セミナーを開くのに、印刷された論文は必要ないという。

 

次の問題はソートイ教授が、科学は象牙の塔にこもったプロの学者だけではなく、外部の意見も聞くべきだと新聞で主張したことに、学者がカチンと来たことだ。そんなことを書かれると、プロの学者は石頭だと誤解されそうだという。

 

私は実はこの意見には賛成でもあり、反対でもある。というのも長年、アマの考えた「統一理論」に悩まされてきたからだ。私の言う「科学的疑似科学」である。これに関しては、後述する。

 

またソートイ教授が言うには、インターネットが普及した現在では、情報は誰の手にも入るので、誰でも研究できるという。私が思うに、これはその通りで、今までは大学の研究室や図書館に行かなければ文献が手に入らなかったのだが、私のように定年退職した名誉教授でも、かなりの文献は簡単に手に入る。もっとも一部の論文はまだ、大学に所属していないとアクセスできないが。また実験データや宇宙の観測データもネットで公開される時代になってきた。コンピュータに関しても、個人の所有するPCが非常に強力になってきた。スパコンを必要とする大計算でなければ、PCで十分である。また少し金を出せば、アマゾンで計算時間を買うことが出来る。このようにアマでもプロ並みの研究が出来る環境がそろってきた。

 

また正統科学のやり方では、学者は論文を書いて、いわゆる権威ある雑誌に投稿する。雑誌は査読者にそれをまわし、OKとなれば印刷にまわされる。しかしこの方法だと、投稿してから出版までに何ヶ月もかかる。現在のネット時代のスピードには合わない。そこで物理科学ではプリプリント・サイトというものがあり、査読に通る前の論文をそこに載せることが出来る。ただし、疑似科学論文がそこに載ることを防ぐために、投稿者は大学か研究所に属していることを示すメール・アドレスでなければならない。すると私のような退職教員は困ることになる。しかし個人のホームページに論文を載せることには、何の支障もないので、権威付けを除けば、発表自体には困らない。

 

思えば昔は新聞などのマス・メディアがニュースや意見の発表権を独占していた。しかしいまやネット時代になり、その独占も破れてしまった。あとは権威付けだけの問題だ。科学の世界にも同じ問題が生じつつある。

 

西欧でも疑似科学の跋扈

 

ワインシュタイン理論を巡るニュースを検索して行くうちに、ワインシュタインとその理論、ソートイを激しく攻撃する「物理学における最近のインチキ:エリック・ワインシュタイン」("The Latest Hoax in Physics: Eric Winstein")なる文章にて出くわした。著者はマチス(Miles Mathis)という男性である。その文章自体は、攻撃性は別とすれば、特に問題はない。

 

しかしその著者のサイトを見てびっくりした。そこで彼の本が見られるのだが、既成の物理学を徹底的に攻撃している。私の言う「オレオレ理論」を提唱している。さらに本まで出している。アマゾンの書評を見ると、その評価は星が5つと星が1-2の両極端に別れている。星5つの評価は始めの方に集中しているので、多分、著者自身が変名で書いたのだろう。

 

さらにネットを探ると、マチスはネット界最悪の疑似科学者であるというサイトに出会った。マチスはなんと円周率は3.14ではなく、4であると主張しているというのだ。

 

実は先のNew Scientistのコメント欄を見ると、まともな意見に混じって、自分のオレオレ理論をプロモートする人もいた。西欧にも日本同様にこの手の人が多いのだなあと実感した次第である。

 

筆者のブログ記事も参照のこと。